高野山慰霊碑 「空」

高野山慰霊碑について

 

 

記事

◎ 高野山建墓の心 平成20年8月30日 木家 勝

昭和31年9月23日、「空」の墓の納霊序幕海岸懸賞の祭典を、空挺さん誘拐の手より執り行った。これは、大阪在住の元軍医中尉、中村秀雄氏を中心とする空挺同志のちからによって、成し遂げられた。

中村秀雄氏は、お墓のことで、次のように語っている。

「墓というものは、霊の眠るところでありまして、やはり其処に眠れる人の特徴を表したいと存じまして、私たちの友すべて清潔で質実剛健な人たちだっただけに、その表現の方法に苦しみました。大きいだけでよい、というものでもありませんし、石を沢山使うだけでも目的を達しえません。

かって歴史にもあまり類を見ない、崇高な人たちばかりの墓ですので、従来のものだけでも彼等の特性を表現できません。(中略)」

「簡単なものと、一途に考えましたが、高野山不動院院主と西南院院主のお二方の尽力により、古言の中から正確に弘法大師真筆と認められる、勧頂記の中の「空」の一字を見つけて頂きました。私の心も一度に喜びに溢れました。

弘法大師「空海」の一字であり、空挺落下傘部隊の最初の文字であり、 一切空 の亡き友の心にこれ以上通ずる言葉はないと信じました。」

注「  」内の文は、「陸軍落下傘部隊史唐瀬原第四号「昭和36.8.15」空挺戦友会発行から引用させていただきました。

 

〇 詳しくは「高野山異例の由来」英霊ここに眠る  (全日本空挺同志会)による。